米国特許法散策(5)U.S.C. § 112(f)条のクレーム解釈と特許権行使および有効性の争い
I. §112(f)/ §112¶6の概要
II. 特許性/有効性および権利侵害の争点への影響
III. 112(f)条の解釈の対象となるおよびならない用語の例
IV. 明細書に対応する構造がないと判断された用語の例
V. 米国の明細書およびクレームのドラフティングのヒント
「組合せに係るクレームの構成要素[i]は、その構造、材料またはそれを支える作用を具体的文言で記載していなくとも、指定された機能を実現する手段(means)またはステップ(step)とし て表現することができ、また[ii]、かかるクレームは、明細書に記述される対応する構造、材料、または動作、およびそれらの均等物を対象とするよう解釈されるものとする。」 35 USC 112(f) (注釈付加)
[i] 「ミーンズ/ステップ・プラス・ファンクション限定」の使用を許す
[ii] かかる限定を、いかに解釈すべきか明確化している
§特許法は、クレームされた機能を拡大するため、Halliburton Oil Well Cementing v. Walker (1946) 判決のような、従前の判例を変更する112(6)条として挿入された。
– Halliburton h判決のような従前の判例では、「新規性があるとされる要素または限定そのものの点で便宜的に機能的文言」使用していれば、クレームは不明確であると判示した(新規点テスト)。
§用語の明確性に関する懸念に対応するため、特許法は、「 ミーンズ・プラス・ファンクション」 限定は、明細書に解説されている構造/材料/動作、およびそれらの均等物を対象とするように解釈することを求めている。
§「クレームの当該用語が、構造の名称としての明確な意味を有していると、当業者により理解されているか」 Williamson v. Citrix Online, LLC, 792 F.3d 1339, 1349 (Fed. Cir. June 16, 2015) (裁判官全員による判決)
– 「手段(ミーンズ)」という用語の欠缺は、当該用語がミーンズ・プラス・ファンクションとして解釈されるべきではないという、
「強い」推定を形成し、これは、当該制限が「構造として解釈されうるいかなる要素も、本質的に欠いている」ことを証明することによってのみ、克服されるという先例を変更した
– 語義的解釈以上のものを何ら反映しない「ナンス(nonce)」語(一般的用語)は、「手段(手段)」という言葉を使っているのと等しい結果をもたらす
A. クレーム限定が、クレームされた機能を実現するための「手段 (ミーンズ)」もしくは「ステップ」という用語、または「手段(ミーンズ)」の代替として用いられる用語であって、一般的なプレースホルダー[用語代替箇所指示語](また、特定の構造的な意
味をもたないナンス(nonce)語、または非構造語(non-structural term )
とも呼ばれる)を使用している、
B. 「手段(ミーンズ)」もしくは「ステップ」という用語、または一般的なプレースホルダーが、機能的な文言によって修飾されているか、典型的には、但し、つねにではないが、繋ぎ言葉「のための(for)」によって繋がれているか(例:… のための手段(ミーン
ズ)(“means for”)、「…のために構成された(configure to)」もしくは
「それによって (so that)」のような、その他の繋ぎ言葉もしくは語句によって繋がれていない、および
C. 「手段(ミーンズ)」もしくは「ステップ」という用語、または一般的なプレースホルダーが、クレームされた機能を実現するため十分な、構造、材料、もしくは動作によって修飾されていない
USPTOにおける出願手続:
– 審査官の§112(f)条の適用可能性の認定は、明細書で開示された構造(またはそれらの均等物)に、クレーム解釈を限定させる結果をもたらす可能性がある
– 対応する構造の欠如は、不明確性を理由とする拒絶を支持させることになる可能性がある。In re Donaldson Co., 16 F.3d1189, 1195 (Fed. Cir. 1994) (裁判官全員出席判決)(「申請人が適切な開示を実行するのを怠った場合には、申請人は、[35 U.S.C. 112(b)条] により義務付けられるとおり、発明を詳細に指摘し、および明確にクレームするのを怠ったのと、実際は同じになる。)
連邦地方裁判所:§112(f)条の下での解釈が、以下の結果をもたらすことがありうる:
– 権利侵害を回避し、または侵害被疑構造が、開示された構造の均等物であるかに関する費用のかかる紛争を回避する、クレームの狭い解釈
– 対応する構造の欠如に起因する不明確性による無効判断は、不明確性を理由とする拒絶を支持する
MPEP 2181条:審査官は、以下の点を確認しなければならない。
(1) 明細書に、当業者に対して、その用語が構造の外延を示す情報として十分な解説が提供されているか。
(2) 一般の、および主題特定的な辞書に、当該用語が、構造の外延を示すものとして認識を達成させる証拠が提供されているか。
(3) 先行技術により、当該用語が、クレームされた機能を実現する当業者が認識する構造を有しているとの証拠が提供されているか。
§構造に関係しない一般的な補充必要語(non-structural generic placeholders)として認定されている用語例には、次のものが含まれる:
– 「… のための機構」、「… のためのモジュール」、「… のための装置」、「… のためのユニット」、「… のための構成要素」、「… のための要素」、「… のための部材」、「… のための装置」、「… のための機械」、「… のためのシステム」、
「分散学習制御モジュール」
§十分に明確な構造を有すると認定された用語例には、次のものが含まれる:
– 「回路」、「戻り止め機構」、「デジタル式検知器」、「往復運動する部材」、「 コネクタアセンブリ」、「穿孔」、「シール接続された継ぎ手」、「めがねレンズ掛吊部材」
§注:これらの例は、一般的に具体的事実関係に依存し、例えば、出願時点での明細書および用語の意味に基づき、同一の用語の解釈が異なることがありうる。
§Sony Corp. v. Iancu, 924 F.3d 1235, 1238 (Fed. Cir. 2019)
§Univ. of Pittsburgh of the Commonwealth Sys. of Higher Educ. v. Varian Med. Sys., 561 Fed. Appx. 934 (Fed. Cir. 2014)
§Alfred E. Mann Found. for Sci. Research v. Cochlear Corp., 841 F.3d 1334 (Fed. Cir. 2016)
構造は不十分
§Diebold Nixdorf, Inc. v. ITC, 899 F.3d 1291 (Fed. Cir. 2018)
§Robert Bosch, LLC v. Snap- On Inc., 769 F.3d 1094 (Fed. Cir. 2014)
§米国特許第6,097,676:「ソフトウェアカテゴリおよび記録されたデータのデータチャンネルを代表するコードを備えた情報記録媒体およびその再生装置」
§クレーム 5:「複数のチャンネルのオーディオデータがマルチプレクサー方式で記録されている情報記録媒体を再生するための情報再生装置であって、当該情報再生装置は、 保存手段(ミーンズ)内に保存されたデ
フォルト値により指定されるチャンネルのオーディオデータを再生するための再生手段(ミーンズ)より構成され; 」
§本件はIPRからの審決取消を求めた訴訟である。ソニーは、先行技術との抵触を回避するため、「再生手段
(ミーンズ)」限定を狭く読むことを希望した。
§特許審判部は、再生手段(ミーンズ)に対応する構造は、「コントローラおよびシンセサイザー、並びにそれらの均等物」であると判示した。
§特許審判部は、「「シンセサイザー11およびコントローラ13の両方とも、676特許において具体的なハードウェア要素として示されおよび記述されているが故に」、この限定はコンピュータにより実装されるものではない」と結論付けた。
§特許審判部は、クレームは明確であると認定した。
§CAFC
– 「発明者がミーンズ・プラス・ファンクションクレーム方式を選んだ、コンピュータにより実装される発明に関する事案では、当裁判所は、明細書に開示された構造は、単なる汎用コンピュータまたはマイクロ プロセッサ以上のものでなければならないと、一貫して求めてきた。Aristocrat Techs. Austl. Pty Ltd. v. Int'l Game Tech., 521 F.3d 1328, 1333 (Fed. Cir.
2008)」
– 「開示された構造が、あるアルゴリズムを実行するよう設計されたコンピュータ、またはマイクロプロセッサであるミーンズ・プラス・ ファンクションクレームにあっては、当裁判所は、開示された構造は汎用コンピュータではなく、むしろ開示されたアルゴリズムを実行するようプログラムされた特殊目的のコンピュータであると判示している。WMS Gaming, Inc. v. Int'l Game Tech., 184 F.3d 1339, 1349 (Fed. Cir. 1999)」
§判旨
– 本件訴訟はコンピュータにより実装される発明に関する。
– 開示された構造は十分である。
§実務上のヒント
– クレーム内に、各機能的限定に関するフローチャートを記載する(クレーム全体に関する包括的なフローチャートを一つ記載だけ記載するのでは不十分)
§米国特許第6,097,676号:「治療/診断の間の患者の身体動揺に応答する機器」
§クレーム 20. 患者整位装置上に整位された患者の身体動揺に応答する機器であって、当該機器は、当該患者の画像を表現するデジタル画像信号を生成する撮像手段(ミーンズ)と、当該患者の呼吸にともなう身体動揺を含む、当該デジタル画像信号から当該患者の身体動揺を決定する手段(ミーンズ)から構成される処理手段(ミーンズ)、および当該患者の呼吸に連動する当該身体動揺を同期するゲート信号を生成するゲー ティング手段(ミーンズ)構成されるもの。554特
許、col. 10, ll. 41-52.
§Pittsburgh大学は、対応する構造は2ステップのアルゴリズムだったと主張した
§Varian社は、対応する構造は4ステップのアルゴリズムだったと主張した。
§連邦地方裁判所は、Pittsburgh大学の主張を認め、そして、
Varian社がクレームを侵害したと認定した。
§CAFC
– ハリス対エリクソン事件判決 Harris v. Ericsson Inc., 417 F.3d 1241 (Fed. Cir. 2005) を踏襲:「ハリス事件で、裁判所は、クレームに特定の文言を使用して記述された機能に対応するアルゴリズムを特定し、開示された2ステップのアルゴリズムは、具体性要件を満足するのに十分な対応するアルゴリズムであった Harris, 417 F.3d at 1254 と決定している。」
– 「554特許は、患者の身体動揺を検知する機能と、連邦地方裁判所が特定した2ステップのアルゴリズムとの関係を開示し—そして具体的に対応—させている。」
– 「554特許は、しかしながら、特許中の図はアルゴリズムの単なる実装であると明記している。」
§実務上のヒント
– フローチャートに可能性のあるすべてのステップを記載するだけでなく、また、どのステップは任意のものであるかを、明確に示すこと。
– 特許がきわめて詳細なフローチャートを備えている事実は、クレームが当該フローチャートに限定されるであろうことを意味しない。但し、フローチャートがなければ、トラブルが発生する可能性がある。
§米国特許第5,609,616号:「インプラント可能な渦巻管刺激装置をテストするための医師用テストシステムおよび方法」
§クレーム 1. マルチチャネルの渦巻管刺激システムをテストする医師用テストシステムであって、医師用テスター、体外 ヘッドピース/送信器、およびインプラントされた渦巻管刺激装置(ICS)から構成され、. . . [c] 医師用テスターは、 comprising
:[1] インプラントされた刺激装置およびそれの複数の組織刺
激用電極の作動に関する情報を、送信手段(ミーンズ)から導出するための、状態表示信号を受信および処理するため の、送信手段(ミーンズ)である体外ヘッドピース/送信器に接続された対外処理手段(ミーンズ)から構成され...................................... 」
§構造は、マイクロプロセッサである。
§Mann Foundationは、「特許は2ステップのアルゴリズムを開示しており、最初に、マイクロプロセッサは電圧の信号代表値を受信し、ついで、第二に、マイクロプロセッサは オームの法則を適用して、電圧を変換する」と主張した。
§連邦地方裁判所は、明細書はオームの法則に言及していないから、クレームは不明確であると認定した。
– 特許は、電圧および電流が測定されると開示しており、当業者であれば、インピーダンス値を算出するため電流と電圧にオームの法則を適用することは既知であろう。
– 「当業者の一人に理解可能なように、クレームの境界を画定させる、十分な構造の定義が存在している。」
§実務上のヒント
– ベストプラクティスは、アルゴリズムの全ステップを記述することである。
– しかし、それを行わなかったことが、つねに致命的になるわけではない。クレームの境界を明示するその他の要素が開示されていれば、一定の開示事項は内在または暗黙に含まれているとができることがある。
§米国特許第8,523,235号:「現金および小切手自動預金装置」
§クレーム 1:「少なくとも1枚の小切手を含む、紙幣の束を自動的に預金するための、現金および小切手自動預金装置であって、当該装置が、少なくとも1枚の真正な小切手の預金を取り消すとの利用者の支持を受け取ったことに反応して、利用者に少なくとも1枚の小切手を返却するため、少なくとも1枚の小切手を保持するように構成された . . . 小切手待機処理ユニット . . . から構成されるもの。」
§ITCは、Diebold が、235特許のクレームを侵害するATMを輸入することにより、関税法§ 337条に違反したと認定した。
§Dieboldは、235特許の「小切手待機処理ユニット」という用語は、35 U.S.C. § 112条、第6項のミーンズ・プラス・ファンクションクレームであることを示す用語であるが、明細書には対応する構造は開示されていないと主張した。
§CAFC
– 「明細書に対応する構造が開示されていた場合であっても、当該開示は、クレームされた機能を達成するための「適切な」構造を開示するもので
なければならない。かくして、§ 112条、第2項および第6項に基づき、
仮に当業者が、明細書内の構造を認識できず、当該構造によりクレーム内の対応する機能を連想することができないようなものである場合は、ミーンズ・プラス・ファンクション項目は不明確である。」
– 「国際取引委員会は、「235特許の図2は、ベルトの適切な位置に小切手を保持することにより、少なくとも1枚の真正な小切手を一時的に保管
する、小切手待機処理ユニットを教示している」と認定したが、J.A. 142、
この機能を実現しうるいかなる構造も、図または書面による解説において開示されていない。むしろ、120項に関する図で図示されているのは、2つのシリンダーの外側に沿って包む1組の垂直なベルトラインに過ぎない。」
§実務上のヒント
– ブロックダイアグラムは、コンピュータにより実装される発明に関するコントローラのモジュールを表示するのに十分なことがある。しかしながら、ブロックダイアグラムは、機械の発明の場合には、一般的に十分ではない。 機械の場合には、クレームされた構造の少なくとも1つの例が示され、および詳細に解説されなければならない。
– こうしておけば、審査段階での図面の問題を、また回避するのに役立つ。
– 辞書に記載のある一般に認められた意味を持つ用語を使用して、クレームのドラフティングを行う。
§米国特許第6,782,313号:「プログラマブル制御装置を備えた自動車用診断テスト装置」
§クレーム 1:「自動車用外部診断テスター、自己診断手段を備えたプログラマブル制御ユニットを有する自動車であって、制御ユニットは、診断/テストプラグ経由で、外部診断テス ターに接続することができ、外部診断テスターは、プログラム認識およびログラムローディング装置かれ構成され、接続された制御ユニットに格納されたプログラムのバージンが、プログラム認識装置を手段(ミーンズ)として、クエリ(問い合わせ)および認識され、もし自動車で使用可能なプログラムで、診断/テストプラグ経由で認識されるものが、最も直近のおよび最新のバージョンが格納されていない場合には、各最新のバージョンがプログラムローディング装置によってロードされるもの.. 」
§連邦地方裁判所は、クレームが不明確であるとして無効と判断した。なぜなら、「プログラム認識装置」と「プログラムローディング装置」という用語は、35 U.S.C. § 112, ¶ 6 の適用を発動させるものであるが、明細書はこれらの用語に対応する構造を開示していないからである。
§CAFC
– 「外部診断テスターは、「制御ユニット内のプログラムのバージョンを
「クエリ(問い合わせ)しおよび認識」する、「プログラム認識装置」を
「備え」ているとの記述は、機能の解説以外の何物でもない。」
– 「明細書は. . . また、「プログラム認識装置」とシステムのその他の構成要素とのいかなる相互作用にも沈黙している。」
– 明細書は、また、「プログラムローディング装置」が何から構成されているか、どのようにして信号を受信/処理するか、物理的構成部と接続詞、相互作用し、それに信号を送信するかの点についても、沈黙している。
– Bosch社側の鑑定証人の証言は不十分である。当該証人は、特定の文言で記述された機能を実現できる構造の例を列記しているに過ぎない。しかし、これは、構造が明細書内に実際に存在しない場合は、不十分である。
§実務上のヒント
– クレームされた機能に関する用語すべてに明確に関連する、多岐にわたる例を、明細書に記載するよう確保する。
– きわめて単純な機能に着いてでさえ、いかにして機能を実現するかに関する、可能な限りの詳細を記述する。
V. 出願手続き中の112(f)条解釈に応答する際の一般的な実務上の示唆
§ 審査官が 35 USC 112(f)条解釈の問題を提起したときは、つね にこれに対応する(この解釈に関連して拒絶が生じない 場合であっても)。
1. 35 U.S.C. § 112(f)条の下で解釈問題を避けられるよう、クレーム限定で、クレームされた機能を実現するために十分な構造が具体的な文言で記述されていることを証明する、十分な根拠を提示する、または
2. 35 U.S.C. § 112(f)条の下で解釈問題を避けられ方法で、クレーム限定を変更する(例:クレームされた機能を実現するため十分な構造を具体的な文言で記述する)。