第5回 リーガルテックと法律学ー契約書生成型のプラットフォームの構築のためのグラフ理論

リーガルテック (legal technology) ということで、日本でも「AIによる契約審査」とかというサービスが始まっている。すでに指摘したが、これらのサービスは「自然言語処理」に大きく依存しているようだ。ただ、採用している「AI」がどういうものなのか、開示しているところはないようで、「ようだ」になってしまう。

今回は、動産売買系の契約書の実質的規定-つまり、「表明及び保証」とか、裁判管轄、準拠法条項のような一般的でない部分ーについて、規定を自動生成 (generative AI) であるとともに、「なぜそのような提案をするのか」を利用者(人間)が理解できるような、理由付き (self-explanatory or self-explaining) なシステムを実装する方法を提案したい。

1.法律学

John Honnold, Uniform Law for International Sales under the 1980 United Nations Convention (2nd ed., Kluwer) の第54条の解説は、

Article 54. Enabling Steps
§323 The Convention at many points responds to the fact that consummating an international sale calls for cooperation; each party must take steps that are related to corresponding steps by the other.[1] The present article reflects the importance of preliminary steps by the buyer that are necessary for timely payment of the price, such as arranging for the issuance of a letter of credit and applying for governmental authorization to transmit funds to the seller.
Article 54 [2]
"The buyer’s obligation to pay the price includes taking such steps and complying with such formalities as may be required under the contract or any laws and regulations to enable payment to be made."

となており、その脚注には、著名な契約の履行過程を、クラシックな舞踏会のダンスにたとえる "Old-fashioned Ballroom Dancing" という叙述がある。

FOOTNOTES: Chapter on Article 54
1. E.g., Arts. 19(2), 21(2), 32(2) & (3), 48(2), 58(3), 60(a), 65, 71, 73(2), 79(4), and 85–88. It may add a bit of romance to commercial law to suggest that the parties’ inter-related steps resemble old-fashioned ballroom dancing.

動産売買法、動産売買契約は、「当事者(売主・買主)の相互関連的ステップ」から構成されている、これが前提になる。

2.数式化

では、このような「相互関連的ステップ」を叙述するような、数学的なアプローチがあるのであろうか。

カウフマン=フォール著・ 阿部 統・加藤 茂夫 (翻訳)『ORへの招待』(好学社、1972年)(Kaufmann-Faure, Invitation à la recherche opérationnelle (DUNOD, 1965))、第16章「当代のフレゴリ」には、この「相互関連的ステップ」を、要素が0と1からなる行列の「かけ算」によって分析する手法が紹介されている。

例えば、「倉庫渡し」という取引条件での売買契約を考えてみると、

①売買契約の締結
②買主による倉庫の住所の通知
③売主による運送業者の手配の通知
④買主による、倉庫への配達日時の指定
⑤検査、受領
⑥代金の支払い

が、順次行われて、契約が履行されることになり、当該売買契約の起案者は、これを念頭に各条文を作成することになる。

履行が無事完了するためには、「有向グラフ」が「ハミルトン・パス (Hamilton path)」でなければならない。

行列のかけ算(乗算)は、手で計算するには、昔は何枚もの紙が必要であったが、現在では、Numpyが計算してくれる。

3.実装

実装にあたっては、「Pythonでグラフネットワークを可視化する方法」
https://lnkd.in/gTqXcPgx
にあるように、Pythonのnetworkxというライブラリが利用できる。イメージですが、最後にgifを貼っておきます。

4.結語

以上検討したように、動産売買契約については、条文を自動生成し、処理内容を利用者が理解できるシステムは、構築可能である。あとは、作業を進めていくだけである。その他、「隠れた情報 (hidden information)」、「隠れた行為 (hidden action)」が問題となる契約類型には、また別のアプローチが利用できたり、履行の各状態 state やその推移(遷移) tramsition を計算する等の20種類程度のテクニックを定式化すれば、財産法分野での契約書の条項を「生成」させることができると考えている。

海外の某証券会社より、企画書案の作成を求められているが、このような方向でのリーガルテックの実現に関心をおもちの方々と、commercializationを見据えた共働の場を得られれば幸いです。